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陳列方法
初めて、昔のブルックスブラザーズ本店店内の写真を見た時、じぇじぇじぇ!(笑)となったのは、その商品陳列方法でありました。

最初は、開店オープン前の準備をしてる写真だと思い、営業中の商品陳列だったとは、なかなか理解出来ませんでした。(苦笑)



以下、ブルックスブラザーズ・ジャパン発行の小冊子より引用です。


『品質に対する自信を示す独自の陳列方法

ブルックスブラザーズは、レディメイド・スーツを陳列する際、ハンガーや棚を使わず長いテーブルの上に、10点から15点のジャケットを積み重ね、裏側が見えるように陳列していました。

現代の目から見ると奇妙に見えるかもしれませんが、これがブルックスブラザーズのこだわり。

スーツの表地が美しいのは当たり前と考える私たちは、普段目にすることのない部分にもこだわっていることをお客様にお伝えするために、裏側を見せていたのです。

当時のお客様は、スーツを選ぶ際、まず山積みされたジャケットの中からお気に入りを選びます。

すると、販売員は山を崩すことなくそのジャケットを抜き取り、揃いのズボンを奥の倉庫から出してきました。

品質に対する自信の表れとも言えるこの陳列方法は、1960年代半ばまで続けられました。』


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「GENERATIONS of STYLE」より
1884年(?) BROADWAY & 22ND STREET 店内。


1884年から1915年まで、本店はこの場所にありました。

1915年以降の画像と比較すると、柱の形状が違うことが分かりますね。

ちなみに、ブルックスブラザーズが、アメリカで初の既製服となるレディメイド・スーツを販売したのは、1845年。
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1943年「ONE HUNDRED TWENTY-FIVE YEARS 」より
BROADWAY & 22ND STREET 店舗のイラスト。


高級店としての地位を不動のものとするため、ブロードウェイとボンドストリートの角から、更にアップタウンへの移転を計画され、旧パーク劇場があったこの地が決定されたと言います。

ブルックリン橋が開通した翌年の1884年、当時ファッショナブルなショッピング街であった同地に移転。

その後、この建物は増築を重ねながら、ほぼ一世代にわたってブルックスブラザーズのビジネスの中枢として機能することとなります。
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1906年撮影 BROADWAY & 22ND STREET 店舗
(クリックすると大きな画像が見れます)

左側の角のビルが、ブルックスブラザーズです。

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別の角度から撮影されたもの


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中牟田久敬「TRADITIONAL FASHION」より


本店の歴史を記したこのプレートにもあるように、ブロードウェイと22丁目の角から、更にアップタウンに向かって、現在のマディソンアベニュー44丁目角に引越して来たのは、1915年8月。
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1915年撮影 MADISON AVENUE & 44TH STREET 店舗

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1915年撮影 MADISON AVENUE & 44TH STREET 店内1階
(クリックすると大きな画像が見れます)

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1920年撮影(クリックすると大きな画像が見れます)

これぐらいの広角で撮られたものを見ると、まさに壮観ですね。

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1930年代撮影(クリックすると大きな画像が見れます)

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1930年代撮影

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1949年「Holiday Magazine」より
(クリックすると大きな画像が見れます)

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1966年頃?撮影(クリックすると大きな画像が見れます)



以上、かなりレアな画像も含まれますが、惜しげも無くアップしてみました。(笑)
by yabushun | 2014-08-29 18:56 | CLOTHING | Comments(0)
幽体離脱
マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」風に・・・

「これから、あの世の話をしよう」


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・・・ちょっとは、涼しくなりましたでしょうか?
by yabushun | 2014-08-11 21:43 | Comments(0)
Rufus Thomas

Rufus Thomas「Breakdown」


映像は、ワッツスタックス・フェスティバルの模様を収めた、ブラック・ムービー「Wattstax」(1972年)から。

ルーサー・イングラムと並ぶ映画のハイライトは、この親爺、ルーファス・トーマスでしょう。

興奮した観客たちが、次々にフェンスを越えてフィールドに出て踊り出していますが、流石と言うか、カッチョ良い音楽は何かを知ってはりますね。

日本では、こうはいかない。

あのジェームス・ブラウンだって、1980年以前の日本では、評価ゼロに近い存在だったんですよ。

コレ本当。

「そういうお前、そもそも、ダンス出来るの?」

な〜んて思ってる、ユー。

ミーの踊り、キレキレざんすよ。

コレ嘘。(笑)
by yabushun | 2014-08-11 20:51 | MUSIC | Comments(0)
壁面
ここ最近、「額縁」「額装」について色々調べているのですが(笑)、結構深いテーマが横たわっているということが分かってまいりました。

現在の「額縁」の原型となるような、ヨーロッパにおける「額」の歴史は、キリスト教会の壁画や祭壇画の為の「額」が始まりと考えられているようです。

一方、日本には二通りの大きな歴史の流れがあるようです。

一つは、神社や仏閣の鳥居や軒下に掲げられた木彫りの「篆額(てんがく)」や、茶室の門名や堂名を彫り込んだ「扁額」、そして襖絵や屏風から、鴨居にかけられる横長の書などの「和額」に至る歴史。

掛け軸(紙額)もこの流れの一つに分類します。

もう一つは、宗教画や油彩画の縁取りの装飾としてヨーロッパから入って来た、所謂、「洋額」の歴史です。



日本では、壁面は、「額」を飾って絵画を楽しむ場所ではなかったのは確かですね。

今でも、「額」を飾ることを前提した建築設計って、余りないと思います。

では、日本の伝統的家屋における壁面とは、という話になると、必ず出てくるのが、昭和8年から9年にかけて「経済往来」に書かれた、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」であります。

面白い視点に感心もするのですが どうも論理に飛躍があり、結局は、

『私は、われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。まあどう云う工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。』

という締めからも分かるように、自分の文学スタイルに関する、あくまで随筆というかエッセーで、日本の美意識を相対化して考察したという類いのものでは、ないと思うんですよね。

あと、これが書かれた時代背景も、知っておくべきだと思います。



で、ここから本論を展開すべきなのでしょうが、まだ、そんな段階には至っておりませんので、出来ません。(笑)

その代わりに、一緒に画像見て、あれこれ考えてみましょう。
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京都の山崎にある妙喜庵(みょうきあん)の方丈に付属してる「待庵(たいあん)」。

確証はないのですが、江戸時代から、千利休の作と伝えられて来た茶室です。

現在日本には、国宝指定されている茶室が三棟あり、その内の一つ。

残りの二つは、犬山の「如庵(じょあん)」と、大徳寺の「密庵(みったん)」なんですが、当然、見たいですよね?(笑)

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如庵

旧・建仁寺正伝院茶室 織田有楽斎好み

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(クリックすると大きな画像が見れます)
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(クリックすると大きな画像が見れます)
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大徳寺塔頭(たっちゅう)龍源院 密庵

伝小堀遠州好み



う〜ん、ピクチャー・レール付けて、ワイヤーで「額」吊るすのは、ちょっと無理っぽいですね。(笑)

ちなみに、個人的に最も惹かれるのは、書院風茶室の密庵です。
by yabushun | 2014-08-05 08:19 | ARCHITECTURE | Comments(0)